2021年01月20日 暮らし・文化・アート
老舗シャツメーカーの若手社員が、エシカルなファクトリーブランドで、地方の元気を全国へ発信
日本伝統のものづくりを生かして開発した“おしゃれな”半纏(はんてん)
手に取って上質なウールの肌ざわりを感じてから、するりと袖を通すと、見た目の印象よりも軽いことに驚きます。
体とつかず離れずのほどよいフィット感で、着心地も申し分なし。
大きなポケットにすっぽり手を突っ込むと、何とも言えない安心感です。
“Japanese short coat”と名付けられたおしゃれなこれは、おなじみの防寒着―半纏(はんてん)。
「意識しないでパッと見ると、コートですよね。シンプルなファッションを好む方なら、あえてこれを着てもらうことで、ひと癖を付けられるんじゃないですか」
そう言いながらほほ笑む櫻井太河さん、32歳。
長野県千曲市に本社があるアパレルメーカー、フレックスジャパン株式会社の社員であり、この半纏 Japanese short coatを生み出したファクトリーブランド「co:do(こどう)」のリーダーです。
フレックスジャパンは、国内ドレスシャツ市場で20%以上ものシェアを誇る、創業80年の老舗メーカーです。
本社併設の自社縫製工場を中心に、シャツやネクタイ、ベスト、パンツなど、着心地と仕上がりを追求したさまざまなファッションアイテムを作り続けています。
そんな歴史と技術力を持つメーカーが、エシカルにこだわって送り出したのが、和のカジュアルウェア、半纏でした。
プロジェクトの活動に込めた思いを、櫻井さんと、プロジェクトメンバーの西沢奏子さんに伺いました。
移住して触れた信州の暮らし。連綿と続く、地域と生活との深い結びつき
東京で生まれ育った櫻井さんは、中高生のころから服が好きで、アパレル業に進みました。
「古着を好んでいた時期に、ビンテージと呼ばれるものを見て、50年前の服がなんでこんなにきれいなんだ?と。織りがしっかりしているとか、ものづくりの根本ってこういうことかと思ったんです。“いいものを長く”、大切に扱って長持ちする服に価値を感じていました」
サステナブルの考え方が広がる中で、昔は当たり前だったそういう価値観に戻ることが、アパレルとしてできる形ではないかと思い始めた櫻井さん。
ベーシックな部分に、具体的で重要な取り組みを組み合わせることで、より価値のあるものができるはずだと考えました。
転機になったのは2018年。長野県長野市の松代に実家がある奥さまと結婚するタイミングで、信州への移住を決意します。
「勤め先を探していてフレックスを見つけました。信州で暮らしてわかったのは、ここでは地域と生活が完全に結びついていること。地域社会の成り立ちを感じながらみんな暮らしている。東京ではそういうことがなかったので新鮮でした」
フレックスジャパンは、長野県SDGs推進企業として第1期から登録認定を受け、CO2排出量の削減や、オンデマンド生産と供給体制強化などの達成目標を定めています。
生産工場を持つアパレルメーカーとして、SDGsの取り組みが単にエコやリサイクルにとどまっては意味がないと、櫻井さんは考えました。
「日本の伝統技術の保護を助けたり、地域の活性化に貢献することこそ、老舗メーカーの役割だと。エシカルやサステナブルという言葉の本来の意味に返ろうと思ったんです」
フレックスジャパン社長の思いが、老舗企業に変革をもたらす
ある日、某企業による、新しい取り組み創出のための「若手社員を集めた討論会」を目にした、フレックスジャパンの矢島隆生社長。
その取り組みに感銘を受け、すぐさま、若手社員を集めた「若手の会」をつくりたいとの相談が、参与に投げかけられました。
社内から、さまざまな価値観を持つ20~30代のメンバーが集まり
1.社内インフラ整備
2.企業価値向上活動
3.新規ブランド運営
というテーマを掲げる、3つのチームが誕生しました。
メンバーそれぞれが自発的に課題解決やサステナブルに動き出す、きっかけとなる社内インフラができつつあり、「若手の会」は成果を上げ始めています。
この3つめの「新規ブランド運営」チームが、社内新規事業コンペで1位を獲得。
新しいブランド「co:do」が立ち上がりました。
“故きを温ねて新しきを纏(まと)う”をモットーに、日本式の持続可能な製品作りを目指す
新規ブランド運営チームに加わった櫻井さんは、同じ部署の西沢さんを誘います。
「若手の会って何やってるんだろうと見ていた側で、『よかったら入らない?』と声をかけられた時、正直あまり深く考えずに(笑)、あ、おもしろそうと飛び込みました。所属先は企画や販売に関われない部署なので、新しいブランドなら私も何かできるかもと。ワイシャツのメーカーに入って、まさか半纏を作るとは思わなかったですけど(笑)」
チームとして、まずどんなブランドを目指すかを考えた時、会社としてウィークポイントだったプロモーションの部分に注力。
ストーリーを持ったブランドを作ることを大前提にしました。
「生産背景を持つには、素材の吟味が必要です。地域文化や伝統、それを支える職人、そして本物であること。愛着を持って長く使えるそういうものを作ることは、会社が掲げるSDGs達成に向けた目標ともリンクしているし、サステナブルなライフスタイルを推進できると思います」
廃棄削減、ゼロウェストにつながる再生原料や、生分解性を持った天然素材を取り入れることで、自然環境に負荷の少ない生産を目指し、アパレルビジネス全体の循環の変革を意識したアクションを心掛けたブランドなのです。
尾州の再生羊毛、松代焼の陶器ボタン、包むのは内山紙。欲しい人にいいものを届ける
メンバーから出たのが、よそ行きにもなる半纏を、というアイデア。
ダッフルコートに使うような重厚なウールをイメージし、素材選びを始めた櫻井さんたち。
「最初は、イギリスの老舗毛織メーカーが作るとびきりのウールをと考えてたんですけど、それだと値段がとんでもないことになっちゃう(笑)。メンバーに反対されて、だったら“値段は下がっても価値は落ちないもの”にしようと」
創業80年のつながりから、高級生地のような存在感のある、国産のリサイクルウールに出会えました。
高級織物の産地として世界的にも評価される尾州で、原料の仕分けから織布の工程まで国内で行い、職人が丁寧に織り上げている「毛七(けしち)」の生地でした。
また、内ポケットのボタンは、長野市松代の伝統工芸「松代焼」の陶器ボタンにしたいと、工房にオリジナル製作を依頼。
「僕がそもそも職人さんの姿が大好きでもあるんですが、伝統的なものにこだわる気持ちもあるんです。このまま僕たちが利便性だけを追求し続けて、金銭価値を中心に物事に向き合っていったら、本当に残すべき伝統技術や地域文化がいつかなくなってしまう。だったら今こういう提案をすれば、日本の伝統にもフォーカスされるかなと。陶器ボタンも、自分たちの取り組みを工房さんにお話ししたところ、新たな挑戦として面白いと思ってくださり、未経験のものづくりに挑戦していただきました。試作からほぼ完璧に仕上がって、『なかなか縁がないと、こういうふうにうまくはいかないね』と言っていただいたのはうれしかったですね。千曲で80年続くメーカーが、信州の会社にお願いする意味というのを認めてもらえたのかなと思います」
半纏の裏地には、再生繊維から作る天然素材「ベンベルグ(キュプラ)」を採用。
商品の梱包材にもこだわります。信州最北の豪雪地で受け継がれる伝統的工芸品の和紙「内山紙」で半纏を包み、発送用の段ボール箱にも工夫して、どちらも再利用しやすいものにしました。
コロナ禍でリリースを大幅に前倒し。アパレル業界に前向きな話題を提供したい
「本当は2021年9月正式リリースで、しっかり熟成して送り出す計画でした。でもコロナ禍でのプロジェクトとなってしまって。そこで、1月の先行販売を掲げてポジティブに動くことで、買う人も作る人も、アパレルを取り巻く皆さんに楽しい話題で希望を与えたかった。メンバー全員で集中して取り組みました」
実質、半年程度で完成にこぎ着けた半纏。
ストーリーを持ったブランドco:doを知ってもらうため、購入型のクラウドファンディングにチャレンジしました。
全国規模の大手CFサイトも候補にありましたが、“ローカルからの元気発信”を目指す櫻井さんたちは、地元特化型のプラットホーム「CF信州」で申し込みを募ることに。
co:doの思いが多くのメディアで伝えられた反響も大きく、限定50着が、募集期限内に完売しました。
「まさに今日(取材日1月20日)、その50着をお客様へお送りできました。苦労もうれしかったことも山のようにありますが、自社工場の縫製の職人と試行錯誤を繰り返して完成したファクトリーブランドを、皆さんに愛してもらいたいですね」
今後は、2~3カ月ほどの短期間で、新作を発表し続けていきたいといいます。
その一着の背景にあるストーリーを伝えるために、現場へ足を運びたい
今回のコロナ禍で、素材の生産現場をすべて回れなかったのが心残りだった櫻井さん。
なぜ生産者と直接会うことにこだわるのでしょうか。
「工場の様子を知らなければ『これはいいものなんですよ』と心から伝えられない。だからボタン一つであっても、工房の方とお話ししたいんです。自分たちの思いを直接伝えることで、新たな挑戦に一緒に取り組んでいただけるんじゃないかと。今はまだ会うのは難しいですが、思いを伝える努力はしていきます」
生産者である工房や、地域の文化の物語が含まれたco:doのこだわりは、そのまま、co:doを選ぶ人自身のこだわりでもあります。
着る人にとっても語りがいのある、co:doの深い思い。語り尽くせなければ、半纏の裾に縫い付けたワンポイントのタグが役立ちます。ブランドアイコンを施したタグの裏にはQRコード。co:doのサイトへリンクしています。
「着る人にも広告塔になってもらいたい(笑)。産地や文化を訪ねる旅行をした感覚になれるくらいのストーリーを、一つ一つに載せられるように心掛けていきます」
若い社員の化学反応で会社に吹く風。co:doも地域の資源を生かす第2弾を制作中
co:doではすでに第2弾として、お坊さんの袈裟(けさ)からヒントを得た“袈裟バッグ”が進行中。
生分解性に着目し、天然素材100%にこだわっています。ウッドリングも県内産のコナラ。化学物質の汚染が問題になっている染色も、信州の植物から採った染料を使い、長野県大町市にある工房が草木染めをし、カラーバリエーションを展開。2021年夏にはお目見え予定とのことです。
「皆さん、若手の会にすごく興味を持ってくれています。社内に風が吹いて、雰囲気も変わったと思います。若手の会では私も、誰かに教えてもらうんじゃなく自分で考えないといけない。PR担当ですが、それだけじゃなく、つくり出さないといけないので、発信力については入社したころより気持ちが変わってきたかなと思います」
社内と、自分自身が変わったと感じることについて、西沢さんはそう話してくれました。
「若手の会の各チームでは、他社との協働や、新入社員研修を自分たちでやってみようかというプランが出ています。co:doとしては、職人の技術や伝統の面白さを、思いのこもったカタチに変えて、サステナブルな価値として世の中に提案したい。『こういうものなら使いたい』『こんなのあったらいいな』という“良いもの”との出会いを、もっと多くの人に提供したいですね」
櫻井さんはそう締めくくりました。
サステナブルな社会への変革実現にとって、石油産業に次いで重要なセクターであるアパレル産業。
ジーンズを1本作るのに、自動車を130km走らせるのと同じ二酸化炭素が排出(※1)され、日本(※2)では年間100万トン(33億着相当)の衣類が廃棄されるというこの業界において、未来をつくっていく若い世代の力が、変革にはとても重要だと考えます。
フレックスジャパンの「若手の会」のような取り組みから生まれるさまざまなアクションが、ローカルからグローバルに広がり、共感者を増やしていくことが大切だと感じます。
櫻井さんの思いを共有するco:doのチームが生み出す商品やこだわりが、自然に浸透していくような社会が育まれることが、きっとサステナブルな社会実現の第一歩だと思います。
※1:ニューヨークの起業家Adarsh Alphonsの調査による
※2:アメリカでは年間1,300万トンが廃棄
ブランド名の「co:do」には、心臓の鼓動、古道、行動、「ともに」を意味する接頭詞co+do(行う)といった思いを込めたそうです。
人が動き、何かが脈々と受け継がれる。そんな意味を持つブランドネームの元で、若い感性が、日本古来のサステナブルなものづくりを残そうと励んでいます。
co:doのこだわり叶える、素材提供者の皆様
◎半纏
・尾州の再生羊毛「毛七」 → 大鹿株式会社 https://www.keshichi-138.jp/
・「松代焼」の陶器ボタン → 松井窯 松代陶苑 https://matsushiro-touen.com/
・梱包材の和紙「内山紙」 → 阿部製紙 http://www.uchiyama-gami.jp/index.html
・裏地のベンベルグ(キュプラ生地)→ 旭化成株式会社 https://www.asahi-kasei.co.jp/fibers/bemberg/
(発送用段ボール → レンゴー株式会社長野工場)
◎袈裟バッグ(2021年夏発売予定)
・帆布生地 → 株式会社タケヤリ http://www.takeyari-tex.co.jp/
・ウッドリング
原材料のコナラ → アファンの森 https://afan.or.jp/
原料の調達・工房の手配 → 酒井産業株式会社 http://www.kiso-sakai.com/
・草木染 → solosolo https://www.solosolohome.com/