「自分の人生を自分で決めた」と胸を張れる大人に! コミュニティーの中で身に付ける多様な学び


松本の下町風情が残るレトロな街に、英語を使って学ぶフリースクール開校

午後3時過ぎ。
机やいすを寄せて、黙々と教室の床を拭く子どもたち。信州の小中学校では珍しくない“無言清掃”の風景です。
掃除が終わって教室を元に戻すと、再び先生と子どもたちが向き合います。
“Please write tomorrow schedule in your diary, OK?”
“OK.”
校長先生と子どもたちとの会話はオールイングリッシュ。
ここは、英語をツールとして、学際的(複数の異なる分野にまたがる)なカリキュラムを取り入れた探求型プロジェクトを授業のベースにしている、小学生対象のフリースクール Green Forest International School(GFI)です。

教室があるのは、国宝松本城にほど近い街の中。J3の松本山雅FCサポーターが集う「喫茶山雅」の、2階レンタルスペースを利用しています。
文字どおり熱い地元の皆さんが大勢集まる、街なかのコミュニティースポットで、子どもたちは学んでいます。

「喫茶山雅」の、2階レンタルスペースの平日を活用させていただく

開校は2022年4月。
松本山雅FCの試合日にはパブリックビューイング会場になるという、ちょっとユニークな場所で学ぶ子どもたちの姿を追いつつ、GFIの学びが目指すものについてお話を伺いました。

保護者から声が上がった学校設立。「子どもたちのために」の一途な思いでひたすらに

2年生~5年生の5人(2022年10月現在)が学ぶGFI。
校長は、英国出身のJames Edgar Hoyleさん。「ジミー先生」と呼ばれています。
環境活動家でもある同校スタッフの新井芙季さんは、塾講師などのかたわら、GFIで国語を教えています。また、週2回の体育の授業は松本山雅FCのトレーナーが担当し、音楽などもプロの方が指導しています。国語のみ日本語で行われます。

授業は月~金の週5日。
毎朝の「マインドフルエクササイズ」で心と体を整えることから1日が始まります。
午前の授業を終えて、ランチタイムは「喫茶山雅」から提供されるあたたかい食事。
毎週金曜日の「コミュニティー」の時間では、外部の社会人などを講師に迎え、校外へ出掛けたり招いたりする日本語での授業を行います。
1日の最後には無言清掃と振り返りを行い、保護者の迎えや歩いて下校します。

授業の後は、みんなで分担して無言清掃
一日の終わりもマインドフルネスでクールダウン
こんな時間割です

校名は International School ですが、GFIは「フリースクール」の位置づけです。
GFIの子どもたちは地元の公立の“在籍校”があり、GFIの通学も、在籍校の出席扱いとなります(在籍校の校長の判断による)。健康診断や学校行事は在籍校で参加するなど、子どもたちは2つの環境を柔軟に行き来しています。

ユーモアと情熱がこもったジミー先生の授業に子どもたちは引き込まれます(オールイングリッシュです)
一緒に考え、学ぶ楽しさを教えてくれる新井先生

GFI設立に大きく関わった保護者の野澤陽子さん、神田暁子さんは「あえて選んだフリースクールという形」だと話します。

「一般の学校教育ではどうしても縛りがあるので、そうはしたくなかったんです。週1回のコミュニティーの時間も、地域のいろんな人と関われる貴重な機会。GFIは“令和の寺子屋”をイメージしたので、保護者の皆さんや地域の方などさまざまな方にお世話になっているのは本当にありがたいです」

もともとは子どもたちが市内の別のインターナショナルスクールに通っていた野澤さんと神田さん。4月から引き続き通うことが難しくなり、そのスクールの元教員だったジミー先生を頼って相談を持ちかけました。
新学期が迫る中、必死に走り回って開校にこぎ着けたといいます。
野澤さんも神田さんも口をそろえるのは「とにかく子どもたちのため」。

「経営力とか教育論とかは私たち何もないんです。ただ、子どもたちが培った英語のスキルを絶やしたくなかったし、地域の中で多くの人と交流しながら人間力を高める教育を受けさせたい。その思いだけで、今も学校運営に関しては手探りです。運転手も雑用も保護者がやっています(笑)」

保護者の野澤さんからお話しを伺いました

コミュニケーションのツールであり、広い視野で情報を得られる英語の力を伸ばしながら、国際的な教育プログラムをベースにした学びを深めてほしいと願う保護者の熱い思いが、GFIを支えています。

イギリス政府の職に就く目標を実現。しかし、仏教と日本への思いは強く

ちょんまげのように結ったヘアスタイルが印象的なジミー先生。
そういえば、無言清掃や毎朝のマインドフルネスなど、“禅”を思わせる時間を設けているのも気になります。私たちがなんとなくイメージしているインターナショナルスクールの雰囲気とは違うものを感じます。

「大学院で仏教を学んだんです。それで教育の場にも精神的なものを取り入れようと。最近は給食も無言で食べていますよ。作った人や食材になった生き物のことを思って、感謝の気持ちを起こすようにですね。無言清掃も日本の学校のいい所の一つなので、ブッフェのようにつまんで取り入れています」

怒りの感情がわいた時は、すぐ感情的に反応するのではなく、「一瞬止まって、自分の体を意識して。自分の感じていることを意識して」と教えるジミー先生。
体が熱い。おなかがすいている。疲れている。嫌なことをされた時、自分の体が今どうなのか、そして頭の中で何を感じているのか。それを意識するだけで、正しい行動ができるようになると言います。
「気付き」や「自己認識」の力を育てたいというジミー先生のポリシーが伝わります。
互いを思いやり、慈しみや共感の心を育てるのは教育に必須の要素だ、というイギリスの思想家の言葉も思い浮かびます。

母国イギリスの大学で法律を勉強したジミーさん。弁護士や、政府で国の法律をつくる仕事を目指していました。
卒業後、「真面目な仕事をやる前に、1年間だけ楽しく働いてみたい」と思い、向かったのは日本。自然の豊かさにも魅了され、新潟でJETプログラム(地方自治体などが外国青年を招致し、外国語教育の充実と地域の国際交流の推進を図る事業)による英語教師の職を得ました。

「最初に日本に来たのは大学在学中。村上春樹の小説や日本映画、アニメを知っていて、『何だこれ。おもしろい!』と。欧米は、ヒーローが困難を乗り越えて成長して成功するというストーリーだけど、日本では勝利する強いヒーローは登場しない。何か出来事があって、それで終わり。哲学的(笑)。日本はヒーローに憧れないのかな。そのころ仏教にもすでに興味があったので、日本どういう国かなと思って旅をしたんです」

1年間のJETを終えた後、やはり本国で法律の仕事をしたいと帰国。ロンドンの日本大使館を経て、イギリス文化省(Department for Digital, Culture, Media and Sport)に勤めます。

「政府で働くという目標はそこで実現したんです。でも、大臣のスピーチを書いたりミーティングの下調べを頼まれたり、そんな仕事もするうちに印象が変わって、思っていたのと違うなと。あまり楽しい仕事ではなかった。だから、仏教をもっと学ぼうと決めました。給料はよかったので(笑)貯めていたお金で大学院へ1年間行きました」

仏教の学びに必要な日本語力をさらに身に付けるため、大学院卒業後に再び来日。
しかし、偶然暮らすことになった信州に魅了されてしまったジミーさんは、イギリスへは戻りませんでした。

“上手に”点を取れた自分の学生時代を後悔…“本当の学び”を子どもたちに!

最初に公立小学校の英語指導者として赴任したのは諏訪でした。

「SUWAって聞いたことがあるな。そうだ、このcrazyな人たちだ!と(笑)。宗教の勉強で“御柱”が出たんですよ。大学の先生から渡されたビデオで観たんです」

再び日本で教育に携わること8年。教える仕事からはいったん離れていましたが、野澤さんや神田さんから相談を受けます。

「話を聞いた時、学校をつくってみたい!ってちょっとワクワクしました。じゃあみんなでやりましょうと。皆さんにはたくさんの書類を書いていただいて、私は私の役割に集中させてもらいました」

ウェブサイトやリーフレットにあるGFIの教育方針などは、すべてジミー先生が考えたもの。教育の部分はほとんど任されています。
授業はオールイングリッシュ、学際的なカリキュラムを取り入れた私的なフリースクール、と聞くと、「国際的に活躍できる人材を育てる」とか「リーダーになれる人間に」など、エリート教育を推し進めるようなイメージかもしれませんが、GFIは決してそうではないとジミー先生。自分自身の経験がもとになっているといいます。

「私は最初、法律を勉強して弁護士になりたかった。なぜかというと、『そういう流れかな』という気持ちだったんです。私は学校の試験が“上手”でした。勉強に興味ないけど、点を取る“技”をわかってたんですね。でもその“技”は本当にやりたいことじゃない。そして学校の先生は『ジミーはいい点数取ってるから、稼げる仕事に就いたら』と言う。じゃあ何すればいい。医学は興味ないな。それじゃ弁護士やろう。…本当に適当だったんです。周りに期待されたから、人生はこういうもんだろうって思っていた」

しかし、自分から興味を持って日本の仏教を学んだ日々は、本当の意味での勉強というものの楽しさを知り、最高に幸せな時間でした。

「稼げる仕事に就くとか、何も関係なく、好きなこと、楽しいことを勉強できたんです。図書館が閉まる時間になっても、警備員の見回りを隠れて逃れて、夜通し勉強した。太陽が昇るころ中から鍵を開けて帰った時、すごく幸せな気持ちでした。勉強って、こういう幸せがあるんだと。新しいことを知ること、新しいことに挑戦することは、“生きてる”っていう意味ですね。この喜びをもっと早く知っていたら!『周りから期待されていることをしなくてもいいんだよ。自分のやりたいことをやればいいんだよ』って小学生のころ誰かに言ってもらっていたら、すごくハッピーだったはずです。だからそれは今子どもたちに伝えています」

もちろん、ある程度の基本的な知識は身に付いていないと、あとが大変になる、ということも話します。
こう覚えなさい、こう勉強しなさいという上から目線ではなく、サッカーのコーチのように、「この技はみんなで勉強するけど、でも本番は自分で使いこなすんだよ。私は外から応援するから」という立場で教えます。

「日本だけじゃなくイギリスでも、教育とは『先生の言うことが正しいから、それを書いて覚えてください』というのが普通ですね。だけど、“ほかの人は、正しいかもしれないけど、正しくない場合も多い”とわかっていないといけない。自分のフィルターで聞くことが今は特に大切です。現代は情報がとんでもなく多いし、フェイクニュースもありますね。知識を集めることよりも、考え方、考えるスキルを身に付ける方がいい。なぜそうなったのか、いろんな人にも聞いてみて、何が正しいのか何が悪いのか、自分で判断する。今の時代にはこういう教育の方が適切かなと思います」

ジミー先生の考え方は、「子どもを導くべき」と考えがちな私たち大人にも、大切なメッセージを与えてくれます。

教科をまたいで学ぶ「探求」と、外とつながる「コミュニティー」の時間を大切に

GFIでは、1年間を6つのユニットで区切り、それぞれに決めたテーマをさまざまな角度から探求していく授業を行っています。
取材時のテーマは“Engineering”。ものづくりや、産業、働いている人など、テーマは理科的ですが、社会などほかの分野からも捉える視点を持つことで、教科横断的に学びます。
最後には、自分の学んだことが自分のコミュニティーにどう影響するのかを考え、行動を促します。教室で学んだことを自分の生活に“使う”ことに意味があるといいます。

“Engineering”がテーマの探求の時間。一緒に悩み考えながら、子どもたちの探究心に火をつけるジミー先生

さまざまな外部コミュニティと接し、考え、発見する「コミュニティの時間」はGFインターナショナルスクールの大切でかけがえのない学びの時間です。

国語の新井先生のお宅でジャガイモの植え付けを体験
ウクライナを中心としたヴィンテージ民族衣装&雑貨のお店で、いろいろなお話しを伺いました。子どもたちの率直な質問にもたくさん答えていただき貴重な時間を過ごしました
松本市弓道場で、弓道の歴史や基本、ルールやマナーなどを師範から学ぶ貴重な体験
信州サステナブル通信編集長の自然農栽培の畑で、タマネギの植え込み体験

「もちろん『外国語としての英語』の時間もあります。語彙力を高めないといけないし、自然な文法や書き方も大事ですね。読む人を引きつける書き方とか、目的に合わせた書き方の違いとか、そういうこともしっかり教えます」

国語の授業を担当する新井さんは、「柔軟に対応してくれる優秀な先生」とジミー先生も高評価。ワークショップやイベントを通して環境問題の啓発活動にも取り組んでいる新井さんが自宅で管理する、小さな畑を子どもたちが訪ねる授業もあったとのこと。

「みんなで来てくれて、畑にジャガイモを植えたんです。週1回のコミュニティーの授業で外に出るというのは、広い世界のことを学べる素晴らしい時間だと思います」(新井さん)

「学校にいるだけだと、テスト→次のステップ→テスト→次のステップ…ばかりかもしれないけど、外に出ると、いろんな人が生活しているんだとわかります。自分の人生をどういうふうにつくり上げようかと、子どもたちに考えさせたいんです」(ジミー先生)

将来はどうなりたいですか?という最後の質問に、ジミー先生は答えました。

「もちろん将来的に子どもたちもスタッフも増えて…となったらいいと思いますけど、どんどん大きくなりたいとは全然考えません。ただ、子どもたちに幸せな教育ができれば目標は達成。でもそれを評価するのは、毎日、毎日ですね」

人間力のかたまりのようなジミー先生は、つねに周囲にエネルギーをふりまいてくれる

自分自身の経験から、未来を生きる子どもたちに必要な学びを実現しようとしているジミー先生。
学びの多様性が認められている、今どきの教育事情もうらやましく感じます。そして、“本当の学びは、経験が感動を生む時に起こる”が実践されている豊かな教育の環境を体感した子どもたちは、きっとこれからの人生で何かを見つけてくれるのだろうと、期待がふくらみました。

Green Forest International School

Instagram
https://www.instagram.com/greenforestinternational/?hl=ja


https://greenforestinternational.com/
※見学・体験入学は随時。

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