2024年08月23日 環境・エネルギー
中山間地に拡大する遊休・荒廃農地の未来を模索するためのソーラーシェアリングという選択
松本市の四賀地区は、山間に田畑と集落が点在する典型的な日本の里地里山が広がる中山間地。その谷間の荒廃していた遊休農地の一部をソーラーシェアリングで水田に復活させた地元建設会社の社長・藤森さんを田植えを終えて約1カ月の水田に訪ねました。
◎ソーラーシェアリングとは
ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)とは、農地に2m以上の支柱を立てて太陽光パネルを設置し、農地の下部で農業をしながら、上方では太陽光発電を行う仕組みのことを言います。営農を続けながら、農地の上部空間を有効活用し電気を得ることで、再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT制度※)を利用して農業経営をサポートするというメリットがあります。
※FIT制度
「再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT制度)」とは、再生可能エネルギー源(太陽光、風力、水力、地熱、バイオマス)を用いて発電された電気を、国が定める価格で一定期間、電気事業者が買い取ることを義務付けるものです。
但し、電気事業者が買い取りに要した費用は、使用電力に比例した再エネ賦課金によってまかなう仕組みで、電気料金の一部として、国民が負担することになります。
荒廃した農地も点在する谷間に現れたのは、高さ2mを優に超える支柱群と太陽光パネルが水稲を守っている林のようにも感じる水田が2枚です。もちろん、太陽光が適度にあたるように間隔と傾斜が設計されているので、稲は元気いっぱいに成長中です。水田には、地元四賀でしめ縄等をつくっている就労継続支援B型事業所に稲わらを提供するための、イセニシキ(酒米)とカゼサヤカが植えてあるそうです。
◎藤森 賢(ふじもり けん)さん
1964年、四賀村(現在、松本市四賀地区)生まれ。大手建設系コンサルタント会社を経て、1989年に実家の建設業を継ぐべく四賀に戻る。2007年、土木工事全般、下水道工事(住宅)、支障木の伐採等を担う「株式会社藤森組」代表取締役に就任、現在に至る。社長就任当時から地域に広がった「松枯れ」によって荒廃した四賀地区のアカマツの再生活動を行う四賀林研の事務局長として四賀地区を中心にイベント、プロジェクトを推進する。
四賀地区・地域づくり協議会メンバー、松本平森林エネルギー株式会社 取締役、自然エネルギーネットまつもと会員、松本平ゼロカーボンコンソーシアム企業会員
増え続ける遊休・荒廃農地をどうにかしなくてはいけない。それがそもそもの発端
耕作されない農地が急速に増えている四賀地区、このまま農地の荒廃が進んで行くのを指をくわえてみているわけにはいかないと、藤森さんは会社の協力を仰ぎ、2022年の秋、ソーラーシェアリング事業へのチャレンジをスタートさせます。
「自分が耕作する水田の近くに、10年以上耕作していない遊休農地があり、年々荒廃していく状況をなんとかしたいという思いから、考えついたのがソーラーシェアリングです。過疎化が進む中山間地の代表のような四賀では、田畑を所有していても子どもや孫を含め耕作する家族がいないので、農地の荒廃がどんどん進んでいます。年長者が耕作できなくなったら次の世代の若者を雇って耕作を続けられるような、耕作組合や農業法人といった継続的な組織でないと、中山間地の農業の永続は難しいと思います。そこで、荒廃農地+ソーラーシェアリングによる組織的な営農の可能性にチャレンジしてみようと思ったわけです」。
ソーラーシェアリングを計画し始めた当初、四賀地区の地域づくり協議会に所属していた藤森さんは、ソーラーシェアリング研究会を立ち上げこの事業を地域全体で取り組んでいきたいと考えていました。ところが当時、四賀地区で起こった強引なメガソーラー開発騒動。野立て設置型の太陽光発電に対する風当たりが強まり、地元でもソーラーネガティブな人が多いと感じた藤森さんは、地域ぐるみのソーラーシェアリング推進はあきらめ、自分と自分の会社でなんとかモデル事業を成功させようと決意します。
「四賀地区全体で遊休農地が70haくらいあるといいます。もしソーラーシェアリングモデル事業が、ある程度成功して事業が軌道に乗り、興味をもって積極的に挑戦してくれる人が出てきて、荒廃する農地が有効に利用されるようになるといいなと思います」。
藤森さんが語る中山間地での遊休農地・荒廃農地の増加について、2023年秋に出版された、真田純子著「風景をつくるごはん」では次のように印象的に書かれています。
「農業の大規模化が標準的な農業とされることによって犠牲になるのは、広大な平地を確保できない中山間地だ。このように、単一栽培や集約的農業に向かなかった山間部は過疎が進み、再自然化が起こったり、耕作放棄が進んだ。過疎化を単純に工業の進展などに捉えるのではなく、農業に効率化を求めた社会全体が引き起こした問題であると考えるのが妥当だ。中山間地の過疎化の要因は、それらの場所が『がんばらなかったから』ではない」(著書から一部文章を抜粋)
荒廃農地だから大丈夫!という甘い考えから、最初のトラブルが発生
ソーラーシェアリングを始めるにあたって必要な許可申請があります。太陽光パネルの支柱を立てるためには、「支柱を立てて営農を継続する太陽光発電設備等についての農地転用許可制度上の取扱いについて」に基づき、農業委員会に農地一時転用の許可申請等の手続が必要となります。また、農地一時転用の許可を申請する際には、事前に太陽光発電事業を開始するための手続(経済産業省の「事業計画認定の申請」及び電力会社との「電力受給契約の申込み」)を行っておく必要があります。
「すでに荒廃している遊休農地なんだから、農業委員会(※1)はソーラーシェアリング用の農地転用を即許可してくれるだろう。という甘い考えで委員会に相談に行くと、遊休農地(※2)と荒廃農地(※3)は違う。荒廃農地の認定をしないと許可は難しいと、ソーラーシェアリングにはとても慎重な対応だったんです」。
ここで計画は、荒廃農地の認定取得からのスタートとなりました。
ただ、法人として藤森組が新規就農者になるための推薦状を書いていただくなど、地元の農業委員さんからは、応援してもらうことができたそうです。
新規就農者届けを出し受理されると、次に荒廃農地認定の届出を提出することになります。ここで藤森さんが知ったのは、荒廃農地の認定が毎年3月だけだという事実。もし認定を逃すと1年先まで認定が取得できないという厳しい状況です。
※1:農業委員会
農業委員会は、農地法に基づく売買・貸借の許可、農地転用案件への意見具申、遊休農地の調査・指導などを中心に農地に関する事務を執行する行政委員会として県及び市町村に設置されています。農業委員は特別職の地方公務員(非常勤)です。
※2:遊休農地とは、農地法、いわゆる農地の保護や権利に関する法律によって定められた、現在そして将来的に耕作の見込みがない農地のことです。
農業委員会が年に一度実施するパトロールにより「1号遊休農地」と「2号遊休農地」で区分されます。1号遊休農地は現在耕作が行われておらず今後も耕作される予定のない農地、2号遊休農地は周辺の農地に比べて著しく利用の程度が劣っている農地と判断されたものの区分です。
※3:荒廃農地とは、市町村及び農業委員会によって行われる農林水産省「荒廃農地の発生・解消状況に関する調査」において、「現に耕作されておらず、耕作の放棄により荒廃し、通常の農作業では作物の栽培が客観的に不可能となっている農地」と定義されています。
荒廃の程度によりA分類(再生利用が可能な荒廃農地)とB分類(再生利用が困難と見込まれる荒廃農地)に区分されます。
荒廃農地認定がだめな場合も想定した「実証実験」にチャレンジ
3月の荒廃農地認定の受理を逃すとまた1年先になるリスク対応として、申請はするが、認定がとれなかったときのことも考えた方策を実施します。それが、後にソーラーシェアリング設置許可への大きな追い風となる「実証実験」です。
「荒廃農地認定されない場合も想定して、8割以上の単収が見込めるのか(※)の証明をするための実証実験を試みました。実証成果をもとに、『だから、ソーラーシェアリングを認めてください』という作戦です。実験場所は、建設予定田に隣接する私が耕作する水田です」。
四賀地区で一歩先に、ソーラーシェアリングで長ネギを栽培されている方が行った実証実験のノウハウを享受いただきながら、そのアドバイスを参考に実証実験を実行。
水田の一角40㎡にタンカンを建てトタンを張って日陰をつくり、2022年5月の田植えから10月の稲刈り、11月の脱穀・収量確認までの6か月間の実証実験。単収が地域の平均的な単収の80%以上になるかについて検証したところ、概ね良好な数値になったそうです。
実証実験について有識者からの好評価。農業委員さんの考えも好転
「実証実験について有識者からの意見をいただくため、収穫前にJAの農業指導員さんと農業委員さんに水田に来ていただきました。そこで農業指導員さんに『これだったら80%くらいは取れるんじゃないかな』との好評価をいただくことができ、農業委員会さんもこれなら良さそうだという感触を得てくれたようです」。
その後、農業委員会は実証実験までやる本気度を評価し、理解を示しはじめてくれます。計画に対する真剣な姿勢が、それまでの「無理だよ」の風向きを変えました。
実証実験の良好な結果を考慮して、地元の農業委員さんが荒廃農地認定を取り下げるというハプニングもありましたが、再申請によって2023年3月、荒廃農地に認定されました。8割以上の単収の確保という荒廃農地には厳しい規定から逃れることができたこと(※)で、しめ縄用の稲わら栽培が、実現可能になったといいます。
2023年6月には、長野県農業委員会からソーラーシェアリングの設置許可(一時転用許可)も取り付けてやっと着工準備が整います。
※荒廃農地認定とソーラーシェアリング
ソーラーシェアリングでは、太陽光パネル下部の農地で周辺地域の平均水準の8割以上の単収の確保が必要という規定があり、長年耕作が行われていないような荒廃農地では土が痩せてしまい、この8割以上の単収をクリアできないケースも少なくありません。
日本全国の荒廃農地は2020年11月30日時点で約28.2万haと非常に多く存在しますが、8割以上の単収の壁によって、ソーラーシェアリングによる荒廃農地の活用に踏み切れない状況でした。
そこで農林水産省は2021年3月23日、ソーラーシェアリングの設置条件について「荒廃農地に限り周辺地域の平均水準の8割以上の単収の確保は求めない」と規制緩和を行いました。 この規制緩和によって収穫量に関わらず農作物を育成することが可能になり、ソーラーシェアリングを使って荒廃農地を再生・活用しやすくなりました。
資金調達もクリアして、ここからが計画本番
数々の難題をクリアしてきた藤森さんにとってもう一つの課題が1,500万円にのぼる資金調達の問題でした。
「本音でいうとダメモトだったんですが、縁を頼りに松本信用金庫さんに融資の依頼を相談したところ、話はトントン拍子に進んだんです。地元金融さんに応援いただき計画がより現実味を帯びてきました」。
2023年の秋、いざ工事の発注となりましたが、資材調達の遅れなどで予定より工期がのびのびになります。2023年12月、パワコン・ソーラーパネルが搬入されるも、架台が届かず工事が始められない事態に。2024年1月、トラブルで遅れていた架台が搬入されやっと着工。しかし、1月は降雪もあり何度も工事が中断。「いつできるんだろう?春に間に合うんだろうか?」という不安に苛まれる藤森さんでした。
2024年3月22日に待望の発電開始。やっとスタート地点に到着したところ。まだまだチャレンジの日々は続く
あまりに多くのトラブルに見舞われた末、3月22日にようやく発電開始。田植えに向けた準備にも間に合いました。計画開始から約2年半の挑戦の日々でした。
「完成した発電設備は、パワコン(※1)能力が49.5kw、ソーラーパネルは水田上で実力発揮してくれる両面パネル(※2)を採用し、発電効率を考えパワコンの倍近い能力のパネルが設置されている過積載(※3)です。会社でモニタリングしているんですが、この夏時期は朝6時くらいにすでに売電はピークカット(※4)。頭打ち状態です。それでもこの時期なら1日約5,000円くらいの売電があります。将来的には蓄電池を設備する等の電気の有効利用も視野に入れていますが、とりあえずは1年間はこれでやってみます。とにかく、農業委員会に対して農業がしっかりできるんだと実証することが優先です」。
※1:パワコン(パワーコンディショナー)
パワーコンディショナーとは、直流の電気を交流に変換し、家庭用の電気機器などで利用できるようにするための機械。直流電力を交流電力に変換した上で、家庭内での利用、または蓄電池への充電、系統への売電などもコントロールし、安定した出力に整える役割を持っています。
※2:両面パネル
地面やパネルより下の位置にある壁などから反射された光を裏面のセルユニットから吸収できる両面パネル。設置場所の状況によっては、発電効率をアップさせることが可能です。
※3:過積載
過積載とは、最大限の発電量を得るために、パワコンの容量を超えて太陽光パネルを設置することです。ピークカットは起こりますが、過積載によって、朝や夕方、悪天時などの発電量を増やすことで、天候の変化による発電量の波が少なくなり、全体の発電量をアップさせることができます。また、過積載を行うことでパワコンの稼働率が向上し、設備をより効率的に活用できるようになります。
※4:ピークカット
太陽光発電におけるピークカットとは、最も発電する時間帯にパワコンの出力に合わせる形で発電量を抑える(カットする)こと。一般的にピークカットが起こるのは、天気が良い日でも1日のなかで日射量が多い数時間くらいと言われていますが、たった数時間とはいえ、パワコンの出力を超えて発電した電力を捨てるような状況です。
林立する支柱の中での耕耘・代かき・田植え、すべてが初めての挑戦
四条植えの田植え機、トラクターと小型のコンバインが入れる支柱間隔と高さを確保しているとはいえ、初めての耕耘・代掻き・田植えはなかなか苦労したようです。支柱の隣接エリアは、どうしても植え残しが出てしまい、手植え対応が必要になってしまうといいます。
「収穫までは、初めての経験が続くので心配はいろいろありますが、とにかくチャレンジなので、全てが経験&学びだと思って前進あるのみです。栽培の課題の他に、導線盗難のための防犯対策や竜巻やヒョウなどの自然災害のリスクも心配です。さらに、この辺は獣害がひどい。稲穂が出るお盆時期には電柵を作動させないと鹿にやられてしまう地域なんです。今年は、ワラ用の水稲なので穂が出る前に刈り入れるので大きな被害はなさそうですが、イノシシも含めた野生動物による獣害が中山間地の農業をさらに苦しめていると思います」。
稲が成長期の7月8日、松本平ゼロカーボンコンソーシアム※がソーラーシェアリング導入実例現地見学を実施
信州大学の人文学部准教授で松本平ゼロカーボンコンソーシアム運営委員長の茅野恒秀先生が中心になって、四賀地区のソーラーシェアリング現地見学会が開かれました。コンソーシアムの会員30名以上が、藤森組のソーラーシェアリング水田を訪れ、藤森さんから計画の経過や苦労話を聞きました。ソーラーシェアリングの具体的な話を当事者から直接聞くことができる機会とあって、企業、金融機関、行政、大学と幅広い参加がありました。また当日、見学会の後には、ソーラーシェアリング導入手法研修会と意見交換会が松本市四賀支所で行われました。
※松本平ゼロカーボンコンソーシアム
2050ゼロカーボンに向けた取り組みを進めていくため松本地域の産学官の力を結集し、地域性と事業性とが両立したエネルギー自立地域の形成が促進される事業の展開を支援するために、2022年2月に結成したコンソーシアム。株式会社藤森組も企業会員。
ソーラーシェアリングによる「農福連携」。酷暑の中、ワラ収穫のための青田刈りを実施
株式会社明日華が運営する就労継続支援B型事業所のメンバーが取り組む、しめ縄づくりに使用するワラの収穫がこのソーラーシェアリング水田の目的です。そのため、穂が出る前の水稲を青田刈りします。8月8日と9日の酷暑の中、B型事業所の利用者さんと事業所スタッフ、藤森さんと応援スタッフを中心に稲刈りが行われました。田んぼの水が抜ききれていなかったようで、バインダーが入れない場所が多く、手刈りが中心となりました。「パネルの日陰が嬉しい!」といった声の中、暑さとの戦いでした。
一部にいもち病が発生して全面の稲刈りとはいきませんでしたが、収穫したイネは乾燥機設備のある場所に運んで強制乾燥し、青いワラに仕上げていくといった作業が繰り返されました。
中山間地の「農業+ビジネス」に、若者が夢見る時代が来ると信じて
四賀地区の荒廃する農地を再生する具体的な取り組みが、ソーラーシェアリングというカタチでやっと始まったばかりだと藤森さんは言います。
「現在は、『発電+水稲』での事業運用ですが、できた電気で小さな生産工場や農業ハウス運営をプラスした『発電+水稲+α』のような事業にも発展できるんじゃないかなと考えています。例えば、耕作していない水田が3枚あったら、2枚はソーラーシェアリングでもう一枚は、電気を使用してビニールハウスでキノコ栽培なんてのも可能じゃないでしょうか。運営が法人化していれば、社員が自由にアイデアをだしていろいろなことにチャレンジしてもいいと思います。最終的に、そこに雇用が発生することが大事ですし、中山間地ではそれがベストなんです」。
年々、FIT(再生可能エネルギーの固定価格買取制度)の買取価格が下がってきている現状。
「つくった電気で何をするのか」が重要で、農地の保全+付加価値のパッケージのようなものが提案できれば最高だと、藤森さんは考えています。
「ソーラーシェアリングをきっかけに、若い世代のアイデアがカタチになって、ここ中山間地で暮らしていけるきっかけになるといいです。とにかく、持続可能な中山間地のモデル事業を育てたいですね」。
幾多の苦難(本当に幾多でした)に立ち向かって、荒廃農地を水田に変え、農福連携による収穫までをやりきった藤森さん(株式会社藤森組)。藤森さんの何事にもめげずに進むことができる突破力と胆力、そして寛容力が不可能を可能にしてきたんだな。と実感します。
藤森さんがつくった道、そして描く夢に共感し、いっしょに歩み出す人が一人でも多く生まれることを願います。